リヒャルト シュトラウス 『メタモルフォーゼン』

 これは、8年ぐらい前に、仕事から帰る途中の車の中で、20時過ぎのNHK・FMから流れていた曲だった。「古典的な香りがするものの、20世紀に書かれた現代曲だろう。だが、なんと深い曲想で、妙なる構成をした弦楽合奏だろうか。どこのどいつが、こんな曲を書いたのか。」と驚嘆しながら聴いたことを覚えている。車は、とんこつラーメン屋に着いたのだが、この非凡な弦楽合奏曲を、誰が書いて、誰が演奏しているのか確認するべく、6,7分は車の中で佇んで、アナウンスがあるまで聴いていた。自分にとって名曲との出会いは、FMラジオを通して、こういう形でやってくることが、多いかも知れない。
 その曲が、メタモルフォーゼンだったのだが、リヒャルト・シュトラウスが、こんな曲をつくっていたということは、その時はじめて知った。リヒャルト・シュトラウスのイメージは、オーケストレーションの多彩さ、迫力はあるものの、ベートーベンやブラームスに比べると、どこか底が浅く、浅いからこそ成り立つ楽天的な音楽といった感じがあった。ニーチェツァラトゥストラに共鳴し、ナチズムに巻き込まれていった音楽家でもある。しかし、このメタモルフォーゼンは、そんな底の浅さ、楽天性は一切払拭されていて、シュトラウスらしからぬ、極めて深い情感と、憧れと、哀惜に満ちた曲となっている。ネットで調べてみると、1945年、なんと彼が81歳の時に書かれた曲で、終戦直前の、ドイツ帝国が崩壊していくところを目の当たりにしながら、作曲していたとのことである。光り輝いていたドイツ文化、文明への「エレジー」という思いに満ちた曲で、ワーグナーの断片や(これは、私にはまだ、どこに入っているのかわからないが)、ベートーベンの第3交響曲の葬送行進曲のテーマも、最後の締めくくりに、極々、自然に挿入されている。私から見ると、リヒャルト・シュトラウスは、81歳にして、はじめて「一皮剥け」て、本物の芸術家になったのだと思う。これまでの金管楽器をうまく使いこなす彼のきらびやかな作曲技法が、この曲では管はなく、23本の弦楽器の絹織物のようなアンサンブルのなかに昇華されている。それも、通常の弦楽合奏ではなく、23本の弦楽器を独奏楽器とみて、曲が編みあわされている。
 この曲は、輝かしい光を発していたドイツ文化、文明にたいする、敗戦を目前にした哀歌であり、悲歌でもある。しかし、この場面で、悲しむこと、感情的になり思い出し嗚咽することは、ドイツが敗戦を受け入れる意味でも、また、その後の、新しいドイツの文化、文明を築き上げ、前にすすむためにも、非常に大切な、喪の作業であったのではないかと思う。その意味でも、ドイツにとって、リヒャルト・シュトラウスという芸術家を持ったこと、彼が真摯に悲しみを昇華して歌ってくれたことは、非常に幸運であったと思う。だからこそ、彼は、曲名を、単にエレジーという意味の名ではなく、その後の再生を願って変身「Metamorphosen」という名にしたのかもしれない。
 それに比べると、日本には、これほどの悲歌、哀歌を、敗戦にあたって書き綴った人がいただろうか?それによって、悲しみつつ、敗戦を受け入れ、これまでの日本の文化、文明へ、哀別し、前にすすむ心の集団的動きがあっただろうか?逆に、前にすすむのではなく、明治、日露戦争時代の大日本帝国を神話化する司馬遼太郎を、最近では、NHKが長大なドラマにまでしたてて、大の大人が悦に入ってはいないか。安倍晋三の「戦後レジームからの脱却」をみていると、日本の戦前の憲法、政治が、米国を前にして、崩壊にいたった欠陥のあるレジームであり、日本が脱却すべきレジームであるということが、受け入れられていないのではないか。前向きな自己刷新、自己超越ができず、逆に、アメリカに負けた体制に先祖がえりしながら、アメリカに軍事的に囲い込まれ、同時に、アメリカ主導によるTPPによって、関税自主権立法権を制限され、メディアの自主性も蹂躙され、換骨奪胎されはじめている。それを前にしても、大多数の日本人は、悲しむことさえできない国民性に、すでになってしまっている。実は、日本人は、敗戦によって茫然自失し、悲しむこともできず、「ギブミーチョコレート」以降、日本という国家の歴史を喪失したままなのではないか?


 政治的な独言はさておきとして、この曲は、約30分弱の長さなのだが、You Tubeで検索してみると、7,8本は全曲演奏が挙がっていた。その中で、まず、23人の弦楽奏者が、それぞれ演奏しているところを俯瞰できるものをあげてみる。Odense Symfoniorkesterは、デンマークの地方オーケストラらしいが、弦の音は、十分聴ける質に達している。指揮者もふくめ、映像全体の雰囲気が厳粛で、メタモルフォーゼンに合っている。


Conductor: Alexander Vedernikov
Odense Symfoniorkester
http://www.youtube.com/watch?v=7KXwq7KStY8

 
 次に、私がとんこつラーメン屋に入る前に、吸い込まれるように聞いていた演奏家集団であるナッシュアンサンブルによるものも、You Tubeに挙がっていた。このCDは輸入版しかないが、自分は数年前に買ってききこんだ。メタモルフォーゼン以外にも、シュトラウス作曲の、ピアノ五重奏、カプリッチョが入っているが、これらも秀作、秀演である。


The Nash Ensemble
http://www.youtube.com/watch?v=pmoqqaqsQv0


 ナッシュアンサンブルは、かなり歴史の長い、1964年にできたイギリスの室内楽団らしい。本当に質がたかいアンサンブルをやっている。23人版でも、よくみると、バイオリンの後ろの方の人は、暇そうにしていたりするので、この弦楽七重奏版でも、十分、原曲の雰囲気は味わえる。むしろ、原曲の旋律のからみあいが、よりよくわかって、聴き甲斐があるように感じた。調べてみると、シュトラウスは、最初に習作として弦楽七重奏版を作っていて、その楽譜が1990年に発見され、ナッシュアンサンブルは、この版を使用しているとのことであ