東京春祭《さまよえるオランダ人》 鑑賞記

  東京文化会館で、N響、若手のアフカム氏指揮による、演奏会形式のワーグナーオペラ、『さまよえるオランダ人』を聴いてきた。オペラ全幕を、生演奏で聴く機会は、2回目であるが、やはり、非常に密度の濃い体験となった。

   まず、聴き終えて、ワーグナーにやられた、というぐらい、彼の劇展開のうまさ、効果的で隙のない音楽用法に、感銘を受けた。CDやエアチェックしたMDの音楽だけではなく、生の劇として、セリフの対訳もみながら、ワーグナー楽劇を体験するというのは、やはり、重量級の体験である。最後の最後に、オランダ人船長とゼンタが、手を取り合って舞台から袖に退いていくのだが、この場面をつくるために、2時間半の楽劇を必要としている。それは、男女が、こころから共に結ばれる、ということの浄らかさ、また、その難しさということでもあろう。最後の最後にうけとった耐え難い心境は、曽根崎心中文楽で見たときの感銘に、近いものがあった。


   こういう救いのテーマが、その後のトリスタンとイゾルデ、及び、ローエングリンにまで、共通するものとなる。また、長めの序曲で提示された、情景音楽的でもある非常に効果的なテーマ群が、3幕の中で、有機的、かつ自然に展開されていく。いわゆるライトモチーフの手法につながるものなのだろう。役者、もとい、オペラ歌手たちの演技も、演奏会形式なので動きは制限されるのだが、しかし、背景にながれる音楽に助けられながら、遠くからみても非常に情感のこもったものとなっていた。特に、解けぬ苦しみを背負いながら、真剣に生きようとするオランダ人役のターフェル氏の存在は、重いものがあった。


    ワーグナーのエッセンスが、20代後半の若い形で出尽くしているような、そんな作品なんじゃないかと思った。彼は、破天荒な人生を送っていた人物だったが、彼の紡ぎだす音楽の流れには、そういった粗さは一切なく、若さによる未熟さも感じさせず、一貫して肌理の細かいものである。N響と、今回の若い指揮者もよかったのだろう。演奏終了後のカーテンコール、まあ、カーテンはないのだが、それが、2階席からみて恥ずかしくなるほど熱烈であった。ブラボーと声をあげながら、大勢の人だかりが舞台に上がらんとばかりに、迫っていっていた。自分も、我を忘れてそこに交じりたくなった、そう、昨晩は、ワーグナーにやられた、ということだ。

 

 

 

東京春祭ワーグナー・シリーズvol.10
さまよえるオランダ人》(演奏会形式/字幕・映像付)
■日時・会場
2019/4/7 [金] 15:00開演
東京文化会館 大ホール

■出演
指揮:ダーヴィト・アフカム
オランダ人(バス・バリトン):ブリン・ターフェル
ダーラント(バス):イェンス=エリック・オースボー 
ゼンタ(ソプラノ):リカルダ・メルベート
エリック(テノール):ペーター・ザイフェルト
マリー(メゾ・ソプラノ):アウラ・ ツワロフスカ
舵手(テノール):コスミン・イフリム
管弦楽NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング
合唱指揮:宮松重紀
アシスタント・コンダクター:パオロ・ブレッサン
映像:中野一幸