東北震災復興視察ツーリズム

池袋発三陸行き 夜行バス物語 
http://nhkworldpremium.com/program/detail.aspx?d=20120111110500&ssl=false&c=26


今年の一月、このNHKドキュメンタリーをみて、地味に心を打たれるところがあった。高速夜行バスで行けば、一晩で三陸までついてしまうのかということも新発見であった。未だ見ぬ津波被災地の実態を、この目で確かめておきたいという思いもあったので、9月の連休を利用して、自分もこの、けせんライナーに乗り込み、当地を巡ってきた。以下、現地からのツイートを並べたものをまとめておいた。
 途中にも述べたが、過酷事故を起こし、未だ収束の目途がたたない福島第一原発の観光地化を提案している、一部哲学者、ジャーナリストがいるが、そんな提案は、事故が拡大進行中の今するべきことではないと思う。廃炉化が進んで後にダークツーリズムとてして観光地化するにしても、原発事故の本当の原因を明確にしないまま、「津波が悪かったんです」「健康被害はたいしたことないです」と、たんに見世物化するだけでは、原子力マフィアの思う壺であり、さらに土建業界、観光業界の利権になるだけである。東とか、津田を持ち上げて広告塔に仕立て上げようとしている、そういう有力者がいるのだろうと、私は邪推しているが、彼らは、それに乗せられ、いい気分で「観光地!」と、もっともらしい理由を述べて言っているようにみえなくもない。だが、特に、汚染水問題が明らかになった後からは、現実からより乖離しつつある。
 それよりも、1000年に一度といわれる、津波被害が、実際にどんなものだったのか、また、それから、人々がどのように立ち上がりつつあるのか、三陸に行って、それをみてまわる震災復興視察ツーリズムの方が、現実的であるし、すぐにでもできる。現地の人々は、観光と銘打って「津波被害を見て」と呼び込むことはとてもできないし、津波の土産など、もちろんないのだが、「震災復興視察ツーリズム」という気持ちで訪れる者を、ホテルマン、食堂のおやじ、復興魚市場の人々は、歓迎するような様子がある。被害の爪あとの広大さ、浸水の高さなど、現地にいかないと実感できないところもある。そんなことから、個人的な感慨で行った旅だが、福島第一ダークツーリズムよりも、震災復興視察ツーリズムを提案したい。天気がよければ、リアス式三陸海岸は、絶好のドライブコースにもなる。
 福島は、津波被害の視察とは、まったく別の意味で入った。行ってみると、とにかく、現地の圧倒的な日常性、危険はないという「空気」は感じることができる。ここも立派な日本であり、ある意味、日本の最先端の象徴のような場所ではなかろうか。これも、勉強にはなる。


1.西池袋発、けせんライナー(夜行バス)で一路、釜石へ


気仙ライナーなう。NHKの年末番組で、津波て、被災した故郷ににこれで帰る人たちの人間模様をやっていて、やや心を打つものがあった。一度は現場に足を運びたい思いもあり、今、同じバスに乗っている。2階建て東名夜行バスより古いが、乗り心地はいい。


【気仙ライナートリビア】気仙ライナーには、ドリンクバーがある。冷水とティーパック茶だけだが。トイレに行かないと気付けない。


陸前高田市役所なう。まだまだプレハブ2階建てだ。駐車場の隅に、小屋があり、JR陸前高田駅の看板。市の中心部が、壊滅した歴史を、まだ物語っている。


広大な平野に重機が並ぶ景色。4階まで、ベランダ、窓が破壊されたアパートが、まだポツリと残る。少し坂を登ると、何もなかったかのような、311前の東北の景色がある。



2.釜石駅から車で石巻まで国道45号線主体に南下


気仙沼旧市街地にある食堂やまとで昼食なう。店内掲載写真のような状態からいち早く復旧営業しているようだ。フカヒレラーメンが名物で美味。
https://pic.twitter.com/ga8gYKpS3q


現在の食堂やまと の写真。おやじさんによると、海岸側の5階建て建築に、古い建物が守られ、ボランティアの泥さらいもあり、周辺では異例の2011年12月に営業再開したとのこと。ただ、周辺は中心街の面影はまだまだない。
https://pic.twitter.com/Nm9Qy7t7aR


とある港町に泊まっているが、まずは、台風一過後の東北の秋の夕空が、鮮やかであった。写真はない。その夕空が冴えていた午後6時頃、商店街のほぼ9割以上はシャッターを閉ざしていた。


プレハブの復興商店街も見に行ったが、十数店舗中、古着屋一店だけが明かりをつけていた。駅前のスーパーには、客は4人程。震災後、この地域だけで死者行方不明者8700人だと、ホテルに置いてあった地元新聞社刊の震災記録写真集が、物語る。


街の経済は今後どうなるのだろうか。三陸は、漁協、海産物が原発でやられると、復興のエンジンがかからないのではないか。私も東北沿岸の海産物は安心して食べられないのだが、ボロボロの市場で漁師が働いているのをみると、この地に住んでいたら普通に食べてしまうだろうと思う。


陸前高田の魚市場。これでも稼働している。午前11頃で、仕事が一段落した男たちが、行き来していた。部外者で写真とっている私に対しても、邪魔だ的ではなく、よくきてくれた的な雰囲気があった。
https://pic.twitter.com/HlMAZb6lAz


やまと食堂のおやじもそんな感じだったが、被災地の人たちは、自分たちの陥った惨状や、そこからどう立ち直りながら生活しているのかを、聞いたり見たりして欲しいと思っているのかもしれない。観光で来てとは表向き、間違っても言えないし、東北人ならではの奥ゆかしさもあろう。


福島第一原発観光地化計画と地に足のつかないことを言う哲学者がいたが、それよりも、三陸海岸津波被災地の視察旅行というのを提案したい。1000年に一度の出来事である。その災害と復興のあるがままをみてまわればいい。晴れていればいいリアス海岸線のドライブコースにもなる。


陸前高田の45号線沿いにポツリとあったアパート。いかに津波が高かったことか。
https://pic.twitter.com/h0Kgu6QV0A


第18共徳丸気仙沼にまだある。海岸線から1キロ程度の所。保存するかどうか議論になっているらしいがすぐ前に、ちゃっかりセブンイレブン建てている。
https://pic.twitter.com/Sm6BW47edQ
P.S. 「モニュメントとして残す」という市の提案に対する7月の住民投票で7割反対、解体することになったとのことだ。



3.仙台経由で、福島で途中下車


仙台にでると、別世界だ。人口密度は50倍位にはなっていそうである。その後福島へ。ここには、目に見える爪痕は皆無であり、表面的には、まったく普通の日常の地方都市の風景がある。マスクをつける人は、ほぼいない。そのうちの一人は私である。


昨日の台風の影響もあり、満々と泥水を湛え、浪々と流れる阿武隈川。天気は快晴。市役所裏板倉神社よりの眺め。
https://pic.twitter.com/eSL7MCsWBo


この神社は市役所に隣接する小さな紅葉山の裏手に位置しているが、この公園は高線量で除染中の看板があった。これは初めてみたが、地元の人は、普通の掃除中程度で当たり前のように通りすぎる。
https://pic.twitter.com/Nc8WoawRWc


そして、この除染作業中の公園のすぐ隣が、なんと知事公邸。まっとうに福一の危険性を訴え続け特捜メディアに抹殺された佐藤栄佐久前知事の後釜現佐藤知事が、原発事故によって高汚染された場所に住むことになる。これぞ因果応報。
https://pic.twitter.com/YrRMTVe6Gz


福島では、若沖展みて図書館で2010年から、福島民報で例のお悔やみ欄を調べようと思ったが、祝日で、見事に休みだった。残念。福島を後にする新幹線の窓からは、たわわに実った稲田が夕日に照らされているのが見える。


P.S.
【参考リンク】東北震災復興ツーリズム協会「とほくる」
http://tohokuru.com/modules/docs/tohokuru.html

「東北震災視察復興ツーリズム」と、そのまま銘打っている奴はいないだろうと思って検索かけたら、視察抜きでほぼ同じネーミングで活動し、本も出している「とほくる」という協会があった。ここで出している案内本は、かなりよくできている感じだ。ツイッターでも、ネーミングは別でも同じ提案をしていたジャーナリストをみたが、現地に出向いてみた人がよく抱くような、アイディアでもあるんだろうと思う。