ロンドン在住免疫学研究者 小野先生との対話

 年末年始に、原発事故後の放射性物質による健康への影響問題についてつぶやいていたら、ロンドンで免疫学を研究し、この領域で昨年一年間、ヤフーブログで意見を述べられていた小野昌弘先生のツイートをみつけた。ツイッターの気軽さから、コメントしたら、ご本人から貴重なレスポンスを頂き、それに乗じて、この領域での私の意見をぶつけさせてもらった。「対話」というも、対話にならない、内部被曝問題について触れられない、素通りの確認のようなものに終わってしまった。途中で一言コメントのあった堀茂樹慶大教授も、小野先生を持ち上げる。このお二人は、特捜検察による小沢一郎への執拗な根拠のない攻撃に対して、異を唱えられていた、数少ない知識人と思っていたので、今回の意見の食い違いには、あっけにとられるような意外さがあった。それだけ、この領域の問題は、解釈が分かれるの所なのだろう。

 私は、少なくとも、内部被曝問題については、「解釈が分かれる」「科学的知見が圧倒的に不足している」とするが、小野先生や、それを持ち上げる堀教授は、「それはデマによって、お化けをこわがっているだけだから、健全な社会のために、民主主義の毒でもあるから、専門家によって退治されるべきだ」という。2011年の時は、小野先生のツイートをみても、そんな雰囲気ではなかったのだが、この5年で何が変わったのだろうか。以下、ツイート再録。



1.プロローグ

 福島にいって、「え、原発事故の健康被害なんて、ほとんどないんでしょ」「甲状腺癌も妙に福島で多発しているけどチェルノブイリと遺伝子違うから、事故が原因じゃないって」「鼻血だって、ストレスであるみたいじゃん。リベラルな荻上チキもラジオでいってたよ」「安倍もこれからも絶対でないって」「復興がんばってね。応援しているよ」福島で、こいういう言説ができれば、原発推進する側からすれば、これほど楽なことはない。とにかくグリーン車にのっているようなストレスのなさである。これは、特権的な防護された特等席に座っているようなものだ。

 この問題は、産経新聞が好きな「歴史戦」みたいなもんだと思う。科学的医学を推進するのとは、別の力学が、どう控えめに言ってもゼロではない。10%でもないし、50%でもないし、95%ぐらいはあるとおもっている。ヤマトシジミ研究に研究費がおりず断絶、津田教授の発表のマスコミ無視などある。「放射脳っていうじゃん、最近は、放射能お化けとか言う人もいるよ」「啓蒙しないとね」残酷な言説だと思う。

 科学は、さまざまな異論、反論にオープンに接して、それを実験的手法をとおした事実を提示して、説き伏せていく作業であるが、原発事故被害、つまり大量の対象者へ内外被曝が起きた時、どのような病的事象が集団として起こって来るのかという問いについては、基本的にヒトへの実験的手法は存在しない。チェルノブイリの経験、原爆被害の経験だけだろう。外部照射のみの放射線医学が蓄積してきたのは、本来の「原発事故被害医学」というものが存在するのなら、その中の本当に、ゴミのような役に立たない一部分でしかない。そういう「無知の知」の自覚が、科学者であればでてくるんじゃないかと思うんだが

 あるいは、もし、いやしくも、これだけの原発事故にみまわれた後で、原発再稼働するのなら、原発事故時の避難計画だけではなく、この「原発事故被害医学」というのを立ち上げないといけないだろう。事故後1日以内、1週間以内、3か月以内、あるいは1年、5年、10年でどのような病的事象がどのような人に発生しやすいのか。ヤブロコフを参考にして、出生率健康寿命、癌での死亡率、いくらでも研究できる。さらに、原発事故被害に耐性のある人、あるいは、耐性がない人の遺伝子配列がわかれば、ない人に対して移住支援をする。ドイツが「そんなことはできない」と結論付けた「政府が原発事故に責任を持つ」というのは、こういうことだ。



2.ツイートでの対話再録


Masahiro Ono 小野 昌弘
「その存在」は人に無制限の恐怖を与える。しかし科学の言語で一線を引くことさえできれば、恐怖は狭い領域に押しこめられる。そうすれば、そのものは理性による対応が可能なごく普通の存在に落ち、知識を学ぶことと心配りで十分対処できるものになる
http://bylines.news.yahoo.co.jp/onomasahiro/20150208-00042709/
放射能恐怖という民主政治の毒(9):放射能おばけとは何か(1)


sarabande@HSarabande
原田正純水俣学講義 第2集』 「水俣病問題を医学の枠に閉じ込めたことが解決を遠ざけた。社会的、政治的経済的問題でもあった」
/原爆原発事故後の医学、つまり大規模集団に多様な核種の内部/外部被曝が継続した時の科学はこれからと思います


Masahiro Ono 小野 昌弘@masahirono近代医学を近代医学たらしてめているのは科学という基盤です。科学の歴史を無視して、問題を「未踏」と思い込み、科学の領域で政治・経済が科学を凌駕するという夢想を抱く限り、その「真の医学」は近代医学からの脱落、前近代への後退になります。


堀 茂樹@hori_shigeki
これが意外に重要なポイント。(自然)科学が万能でない事は自明。世の中の諸問題に社会的・政治的・経済的次元があり、社会科学や人文思想の関与が望ましい事も自明。しかし、自然科学の領域の認識に自然科学を超えた視点を持ち込むのは迷妄です。


林 智裕 @B級福島御用住民@NonbeeKumasan
水俣を引き合いにだすのであれば http://synodos.jp/society/15632
でも書いたように水俣市からの緊急メッセージを無視するべきではないと思います。しかも水俣病当時に原因特定が遅れたのと違い、放射線リスクは知見があります。



sarabande@HSarabande
 科学の進歩、独立性は私も賛成です。一方で、科学という営みを可能にしている政治経済的現実もあると思います。医学にかかるそれらのバイアスを自覚した上で原発事故後などの核災害後の真の医学というものが確立されるのでは。私はここは未だ科学が未踏の領域と思っております

 近代医学を近代医学たらしめたのは、実験医学だと思いますし、小野先生もそれに従事しておられると思います。私の中心的な疑問は、核災害で問題となる137Csや90Srが人体に入った場合の研究がどのくらい進んでいるのかです。動物実験でもいいですし、おそらく、たくさんの研究がなされていると思います。小野先生があえて現役免疫学者として意見をされるに当たり、とりあえず、まず、この分野のレビューしてくださるのかと期待していたものです。ヒトでどうなるかは実験はできないから過去事例から真に学べるかでしょう。


 少なくとも、広島長崎の原爆被害、チェルノブイリ事故、そして、今回の福島第一原発事故と、放射性物質が生態系全体に拡散され、大規模な人数の一般公衆が暴露され続けるのは4回目であろう。倫理的には内部被曝実験はできないから、結局は、その「事例」からどれだけ学べるか、学んでいるかだと思う。あるいは、そこでおきていた、独立して科学的に学ぶことの困難さ、というものをどのくらい自覚しているかとも思う。その総体のひじょうにわかりやすい結果が、広島長崎、チェルノブイリでみられていたにもかかわらず、「鼻血はストレスでもある」というマスコミに流布した科学的らしき言説だったと思う。

バンダジェフスキーの Incorporated caesium and cardiovasucular pathology. Int J Rad Med 2001;3:11-12があるが、サイト
http://www.physiciansofchernobyl.org.ua/magazine/eng/index.html

にいったら抜けていた。これが私の、この分野について、なにか科学の進展に政治的な問題があるのではないかと疑った原体験である。ただし、時間をかけて、この分野の論文を検索すれば、おそらく、同じような実験をやっている研究もあるかとは思うが、そこまで私はまだフォローしていない。小野先生がまとめてくれるかなと期待していたし、いまでもやってくれるかもしれないと思っている。ただ、なぜバンダジェフスキー原論文がネット表示から欠落したかという理由も知りたい所である。


Masahiro Ono 小野 昌弘@masahirono
私がずっと強調してきているのは、専門性をうまくつかわなければならないということです。例えばその問題では実験医学は疫学より先走ってはいけない。基本の知識をまず田崎さんの本で得ることをお勧めします。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/radbookbasic/rbb20130117.pdf
「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」
田崎 晴明


sarabande@HSarabande
内部被曝の影響については外部被曝と換算すればいいとする「実効線量」としておりますが、p54の脚注で「すべてはこれでいいかわかっていない」「予期せぬ悪さをするかも」とあります。ここに先生のおっしゃる「お化け」の生息地があると思うわけです。

 放射性カリウム放射性セシウムを比較して、内部被曝の影響を推測していますが、原子量137の影響を、40の物質から推測するのも無理がなかろうかと思います。原子量が全く同じ光学異性体であったとしても、生体は別の反応を起こすこともありませんか。個人的には、誰が放出してしまったかという責任論、その実験的探索の結果からくる影響についての思惑はまず一切排除し、純粋に、長寿命の放射性物質を、例えば有機水銀プリオン、らい菌のように扱い、疫学と共に、実験医学、病理解剖学も含め、探索すべきと思っております。


Masahiro Ono 小野 昌弘
科学を社会に伝える:「科学の翻訳家」の役割
http://bylines.news.yahoo.co.jp/onomasahiro/20160103-00053068/
先端研究に特化した専門家と公衆のあいだをつなぐ人〜科学の翻訳家〜の重要性が高まっている。専門用語がぎっしりと詰まった科学を、日常用語に翻訳する専門家を我々は必要としている。

小野氏「注7)個人的には、たとえば耳鼻科学会に、放射線に関する鼻血問題について、毅然とした態度で医学的にありえないことはありえないと線引きをしてほしかった」


sarabande@HSarabande
私は、耳鼻咽喉科学会に、「ストレスでは鼻血はありえない」と線引きしてほしかったです。これは、放射性物質問題とは全く関連がない、政治経済的問題とは独立した、わかりやすいことです。


小野先生に未踏の領域はだめだと注つきでいわれた。事例経験(experience) はあるけど、内部被曝の医科学(experiment)というのは、未踏だと思うけどね。知りたかったら大学院入学を勧めるという結論のようだ。



3.エピローグ


Masahiro Ono 小野 昌弘 2011年3月27日
日本の全分野のエリートが連携して、手段を選ばず全力で押し進めた「絶対安全な」原発が、この恐ろしい事故に至ったのだから、これをもって日本のエリート制の大義は消滅したと思う。事実私たちは、東大を頂点とする御用学者の醜さと、エリート同士の癒着が国民を破滅に導く様子を、日々目撃している。1,299 リツイート


Masahiro Ono 小野 昌弘 2013年8月25日 ‏適菜氏は、市民は「もっと口をつぐもう」という。一方、例えば英国では狂牛病事件等で科学者の権威が失墜、専門家の狭い見識のみに頼ることの危険性が認識され、科学問題の政治的意思決定の場に科学的素人(lay people)が必ず入る仕組み。氏はこうした現代特有の問題を理解しているのか。


 小野先生、2011〜2013年のツイート内容とあまりに真逆な、「科学者パターナリズム」になってしまったから、もしかしたら、脅迫されて宗旨換えしたのかと一瞬思ったが、どうも、そうでもなさそうだ。慶応の堀先生他、本気で持ち上げている方もいる。鼻血問題は、非常に分かりやすくて、かつ、非常に深いリトマス試験紙だと思う。
 
 小野先生の「この分野で重視されるべきは疫学だ」という意見も重要で、岩波で訳出されたヤブロコフの『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』は、まさに、原発事故後疫学の集大成のようなものであろう。これも、小野先生は、知ってか知らずかわからないが、何故か素通りされている。

調査報告 チェルノブイリ被害の全貌 単行本(ソフトカバー) – 2013/4/27  アレクセイ・V.ヤブロコフ
http://www.amazon.co.jp/%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A-%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E8%A2%AB%E5%AE%B3%E3%81%AE%E5%85%A8%E8%B2%8C-%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%BBV-%E3%83%A4%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%95/dp/4000238787


 実験的手法を考えれば、放射性セシウムストロンチウムを、血液にかけてみましたとか、赤血球、白血球こうなりましたとか単純極まりないじゃない。免疫学にも直結する興味深い問題であるのに。筑波大学が、福島第一原発事故で拡散したという、放射性セシウムを含む合金を検出しているから、今回の「病原体」、「放射能お化け」をもたらす可能性のある実体は、すでに存在しているのだ。これを実験動物の鼻粘膜に塗布してみればいい。生理食塩水塗布と比べ、どちらが鼻出血を起こす確率が高いか?ごく簡単だ。

 個人的には、免疫分野だけでもいいので、小野先生に、ボランティアで内部被曝のレビューやってほしかったし、それを期待しながらみていた。ストロンチウムなんか、骨に蓄積するから免疫に関係することが仮説される。これは「お化け」のような仮説でもないと思うのだが、小野先生曰くのこういう「お化け」的心配に、ご本人が「科学者」ポジションから根拠と限界をしめして対応してほしかった。

仕方ないので、他力本願から脱し、この機会に、買おうと思って買っていなかったヤブロコフ本を購入し、ヒマな時に、内部被曝論文しらべてみることにしたいと思う。


【参考過去記事】2014-06-08 化学兵器としての核兵器 http://d.hatena.ne.jp/sarabande/20140608

  Nature Scientific ReportsというNatureグループの電子媒体のみの雑誌があって、そこに昨年8月、つくば気象学研究所に福島第一原発事故後、早期に降り注いだ、放射性物質がどんなものであったのか解析した論文が掲載されていたのを、ツイッター情報で目にすることができた。


「Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident」

http://www.nature.com/srep/2013/130830/srep02554/full/srep02554.html

 これは、放射性物質の人体や、あるいは、環境系全体への影響を「科学的に」考えるためには、非常に重要な知見であると思うのだが、あれだけ「美味しんぼ」の鼻血描写を非科学的だと叩いていた政府、NHKを始めとする奴らは、この重要な発見に、「鼻血問題について科学的検証の糸口がみいだされた」「これをつかって実験すれば、雁屋を叩き潰せる」と注目することもなく、全く無視を決め込んでいる。