資本癌化論の系譜2

 光文社新書の『すべての経済はバブルに通じる』小幡績 著で、「キャンサーキャピタリズム」という言葉が使われていた。今回グーグル検索してみて初めて知った。彼は、自分がこの言葉を作ったとつぶやいているようで、慶応大教授の経済学者がいうのだから、嘘でもなかろう。彼の論では、補助役だった金融が、実体経済を上回り、主役になった所で、投機ゲームが自己目的化し、実体経済を破壊するということらしい。
 現在の、円安(海外投機筋が、安倍ノミクスに賭けた結果。日刊ゲンダイ、3月20日では、ソロスはこれで、昨年11月から現在まで、940億円勝ったという)と、株高市場は、この「キャンサーキャピタリズム」の顕れであろう。決して、実体経済の市場が開拓された、あるいは、革新的な技術が出現したというわけではない。「アベノミクス」自体は、未だ何も実行されていないのだ。群集心理、ムード、ゲーム感覚での賭けだろう。 政治、マスメディアが、バブルムードを演出して、塩漬けになっていた金融を回転させただけでも、いいではないかという意見もあると思う。果たして、本当にいいのだろうか。リーマンショックの前の雰囲気には、似ていないだろうか。あの時も、みんなで踊っていた。
 小幡績は、これが、「現在の経済の姿だ、まだまだバブルと痛みはつづくぞ。金融資本の価値低下がおき、実体経済と調節されるまで。覚悟しておけ」と述べているらしい。私や、中沢の癌化論よりも、金融経済平面での事象分析に寄っている。私や中沢は、これが実体経済面へ破壊的影響を及ぼすことを、主体にスポットを当てようとする。実体経済といっても、それは、自然、文化、身体、あるいは、人との交換のありかたから、精神構造にも及ぶものであり、経済、資本の母体となるものである。ブラジルへの法的規制の網をかいくぐった、遺伝子組み換え大豆の「浸潤、転移、増大」と、非遺伝仕組みかえ大豆の排除は、資本の癌としての動きの、眼に見える形での象徴である。
 投機したカネを失う痛みは、まあ、ご愁傷様だが、長い歴史により培われた、文化、土壌、自然、生態系が、あるいは身体が、投機資本の論理で改変されてゆくことの痛みは、なかなか癒しがたいものがある。これは、資本の越権であり、犯罪なのであると、「社会的権威」が、一線を画すべきなのである。例えば、ISD条項では、タバコの害を警告する文を、タバコ広告に載せることが、知財としてのタバコ広告を損害しているとして、タバコ会社から訴訟の対象にもなるとの話を、IWJインタビューの中で内田聖子がしていた。このような資本の増大を目的とした詭弁を使うタバコ会社に対して、身体を守るためにNoという権威が、資本を抑制する、本来あるべき、政治的社会的「父性」である。新自由主義的な政府では、この父性が、資本側、マネタリズムの側の軍門にくだり、企業のための訴訟弁護士として、企業の利益のために、実体経済、自然、文化、身体、精神構造に、牙をむいてくる。
 経済学に疎いも者の、大づかみな比喩的論説だが、それなりのパースペクティブにもなるのではないかと思う。だが、私からすれば、リーマンショックに至った時点で、超専門家集団でもあっただろう、アメリカの金融機関は既に死んでいる者であり、権威もへったくれもない者どもである。今、生き延びている新自由主義という奴らは、国家から救われた「ゾンビ」である。政治的にも、竹中や、麻生、安倍も、ゾンビである。ゾンビとして復活させたのは、特捜検察であり、マスメディアであり、その背後の軍事的な策略もともなう威嚇的な権威であろう。これは、経済学でもなんでもない、経済学の衣をまとった、新たな階級社会への意志といえるかもしれない。本屋にいったら丁度、本日、「ゾンビ経済学」という格好の本が筑摩書房から出ているのをみて買った。読んでみたい。


P.S. TPPは、ゾンビ化した新自由主義経済である
 「Zonbie」というのは、どうしても、墓場からでてきて町中をうろつきまわる映画のワンシーンがあるが、由緒正しい民族的な言葉である。
本来は、西インド諸島ハイチの言葉で、黒魔術により死体を夢遊状態にして動かし、生き返らす魔力のこと、あるいは、ヴードゥー教の呪いにより、生き姿を与えられた死体のことを言う。現代の口語では、「精神的には死体と同様の奴」というような意味になる。
 これを、政治に当てはめて考察したのが、藤原筆による「小泉純一郎と日本の病理」Koizumi's Zombie Politics (光文社)である。小渕恵三が倒れ、その後、小泉純一郎首相の誕生で、法治国家、民主主義国家の枠が外れ、ウソが公然とまかり通る政治状況になったという日本政治史の認識を書いている。これとセットで、日本の資本主義が、バブル経済のころに「賎民諸本主義」に変質していったと考察している。「賎民」というのは、乞食、ギャング、詐欺師などに対して使われる言葉だが、社会の中枢の役割を担う者が賎民化すれば、一般国民はいわずもがなであろうと書いている。
 9.11後のアメリカでも同様であろうが、このような政治経済状況が、資本の増殖、癌化を際限なく許容し、「信用」の膨大な嘘が隠しおせずに、リーマンショックにつながった。オバマの誕生でその流れが、断ち切られることが期待されたが、米国が、計画経済的に屑債権を国が買い取るという「黒魔術」を行い、癌化して信用破綻した新自由主義的な資本主義が、ゾンビのようによみがえり、さらに、オバマの政策を骨抜きにするようになった。
 また、日本でも民主党政権が誕生し、本来は小沢一郎が首相になることによって、歴史的転換が図られるべきだったが、特捜警察とマスメディアが、「政治とカネ」という黒魔術を行い、ゾンビのような、ウソがまかり通すような、菅、野田さらに、安倍といった政治家、さらに御本尊である竹中平蔵を復活させた。
 だから、彼らの進める、TPPというのは、リーマンショック後に黒魔術でよみがえっている、また、すでに、黒魔術の元でしか、生き残れなくなっている新自由主義の姿であり、ゾンビ化した新自由主義経済ではないか。民主主義的な議論、オープンな報道をされると、とても生きてゆけないような、きわめて無礼で不公正な、市場開拓、司法制度のやり方を、「ゾンビ国家」(まことに申し訳ないが、大義なきイラク戦争により、数えきれない無実の人命を殺戮した国、貧困と病が放置される国、しかし、軍事力と諜報力のみで国際的な力を保持国として、そのように申し上げざるを得ない)米国主導で作ろうとしている。