京都探訪記


 京都へ、半分仕事、半分遊びのような出張をする機会があり、せっかくだから、宿泊した東山周辺をあるいて探訪した。これまで、何度も京都には旅行で足を運んでいて、銀閣寺から哲学の道に沿って南禅寺あたりにいたるルートが好きだったのだが、今回探訪した、さらに南の、高台寺から建仁寺にかけてのルートは、始めてであった。旅館に、京都の寺の本が10冊ぐらいおいてあって、その中の一冊が、高台寺であった。今回、初めてその名を意識したが、秀吉が死去した後、正妻であった北の政所のために建てられた寺という由緒があり、私が知らなかっただけで、有名な寺であった。
 そこからちょっと西に下ってゆけば、建仁寺に至る。京都で最古の禅寺とのことだが、創建当初は、禅の他に天台と密教を修習していたという。古いだけあって、建物の配置が、大阪の四天王寺のように、縦一線に並ぶようにできている。以下、ツイートをもとにした旅のつぶやきを載せておく。
今回、驚いたことの一つとして、京都の旅館のおやじが、私もまともにまだ読んでいないフランクルを熟読していて、なにが人の生死をわけるような出来事になるのかなど、自分が人生経験で疑問に思ったことを、自分で真面目に考え抜いているようであったことだ。こんなオヤジは、浜松では絶対みかけないだろう。京都には、京都大学もそうだが、アカデミズムに限らずも、市井の中にも、なにか、それぞれが独自の考えを養ってゆき、個性的でありうるような間が、余裕があるような気がする。それは、歴史的に「佛」に眼差されている街であるから可能になるのかもしれない。そう思う。



しかし、京都はやはりいい。今はしょぼめの旅館でも、仏像が自然においてあったりする。仏の眼差しを、そこここで意識できる街だ。雨の音もしとしとやさしさが感じられる。
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京都知恩院付近の料理屋の門。簡素な作りだが、茅葺きと瓦、そして暖簾の白さ清さハーモニーが、一見して素晴らしいと思った。
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高台寺茶室、遺芳庵。ここまでくると、お菓子の家みたいな可愛さがある。
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高台寺枯山水が、痛いことになっていた。誰だ、庭を荒らす奴は、と思わざるを得ないのだが、イベントで有名人によりプロデュースされたものとのことだ。 https://pic.twitter.com/F3ovTXUBeJ


高台寺傘亭内部から屋根を見る。この斬新な設計は、千利休によるもの。写真をみて、江戸時代前に造られたものとは思えないぐらい現代的だと思ったが、今はイベント中で中で茶を頂ける。こういう小さい京都の茶室に入って、茶を頂くのは、小さな私の夢のひとつであったが、それがかなった。この中で抹茶を頂くと、当時の人の心境が、ほんのわずかだが、垣間見ることができる気がする。ちなみに、重要文化財。お茶をたててくれた、お姉さんの意見では、世界とつながっていた堺出身の利休は、東南アジアの建物のつくりも知っていて、それを参考にして設計したのではないかということであった。
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高台寺から西に少し歩けば、建仁寺。日本で最初の禅宗寺院であるこの寺の石庭は、さすがに引き締まるものがある。
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建仁寺石庭 2
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建仁寺石庭 3 きれいな円相をなしている。これを作庭することは、チベット僧が曼陀羅を砂で描くような心持ちを成すだろう。
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さすが建仁寺、受付近くに写経部屋があり、窓から中庭をみながら写経ができる。こういう寺に来ると、本当は坐禅を一座三十分程度したくなるわけだが、さすがに難しいので、その替わりになった。般若心経のお手本の上から筆ペンで模写する。一種の作庭、造曼陀羅でもあろう。


栄西は、本当は、「ようさい」と読むのだという。日本臨済宗の祖で、鎌倉仏教の走りとみていたが、彼が二度の命懸けの入宋を経て自分の境地を確立するにいたったのは平安末期だ。また、彼が茶と、茶道の原型となる僧堂内での茶礼の礼式を、日本にもたらした。


僧堂にコの字にすわる僧の持つ茶碗に、給仕係の僧が、お茶を入れて、その場でひとりづつ順番に、たてていったようだ。「四頭式茶礼」といわれるが、今、その展示を建仁寺でやっている。
http://www.kenninji.jp/news/?p=602


京都でタクシーに乗っている時に、京都には駅がほとんどないという話になり、そうだ、京都には「郊外」というものはないんだと思い至った。運転手によると、四方を山に囲まれている上に、その山を削って宅地開発などすることは規制されているのだという。この10数年でほとんど人口は変わらないと。


東京、大阪はもちろん、水害のあった広島みたいに、私鉄やモータリゼーションによってスプロール化しながら都市が拡張するということが、京都では抑制されているわけだ。京都にしかできないような芸当だろうが、一晩とまっただけでも、その都市のまとまり感というものを、脳内に実感できる。