平野昭教授のシリーズ「音楽探訪」 2

本日は、別の予定を入れようと思っていたのだが、今日でないといけないということもなかったので、せっかくだったので、今年最後の、シリーズ「音楽探訪」に先週金曜日同様、足を運んだ。先週は、比較的空席があったので、今日は、あまり急がずに仕事から帰った後に家をでて、15分遅れぐらいでついた所、ほぼ満席に近いぐらい席が埋まっていたので、驚いた。やはり、声楽の魅力というものがあることの証明なのだろうかと思った。
 今日は、ヴェルディの歌劇についての解説とともに、東京芸大大学院生を中心とした若手オペラ歌手、というか希望に燃える「ひよこ」オペラ歌手たちの生演奏を堪能できた。前回の居福ピアニストもそうだったが、平野教授の人柄は、こういう若手音楽家をおおらかに受け入れ、ちょっとしたプロデュースをしてくれるような所があると思う。今日も、ピアノ伴奏での5曲+アンコールの生演奏を前に、3人の歌手と伴奏ピアニストとの、インタビュー調のバランスの良い会話があり、また、そこでいい情報もききだしていた。10年後こうなっていたいといったイメージ、それから、どんな曲に取り組んで生きたいのかという質問で、それぞれの芸大院生「ひよこ」歌手の個性を引き出していた。ピアニストにもヴェルディの歌曲のピアノ伴奏の特徴はという話があって、「ズンチャッチャといった単純な伴奏の中に、意外な大胆な音が、パッと入ってくることがある。それが、ただ全体の流れで重要な意味がある」と言っていたが、ヴェルディはそうなのかと思わせる回答であった。
 若手無名歌手とはいえ、さすが芸大院生、さらに、オペラの舞台もすでにこなしているだけあって、プロといっていいほどの声の質量、はり、のび、迫力があった。それぞれ、それほど大柄ではないのだが、見た目よりもずっとボリュームと芯のある声を響かせてくれた。ソロで、ちょっと批評する点があるとするならば、藤井さん(ソプラノ)の最後の音が飛び回って終わる場面で、じゃっかん耳障りな響きがあるところがあり、これは、一生懸命出している証でもあるのだろうが、まだ余裕を持ってこういう場面を歌出だすまでには、なっていないのだろうと思わせた。地元出身、竹内君のバリトンは、非常に響きがよく、通る声でよかったが、一曲目ソロのこれも最後の部分の「きめ」の部分で、「迫力出して歌いきるぞ」的な力みを感じさせるところがあった。この辺も、舞台経験、年齢をつんでいけば、自然な迫力、舞台力になってくるのではないか。以上は、重箱の隅の小言で、全体は、非常によかった。澤原君は、教育学部を出てから芸大に入っただけあって、なにか余裕のある、隙のない歌唱力をみせつけていた。私の前に座っていたおばさん2名の、小さい黄色い声も漏れきこえ、彼は今からダークホースになりそうであると思われた。
 その澤原君と、藤井さんの、「椿姫」からの二重奏がまたよかった。ヒロインにヴィオレッタに、アルフレートが言い寄り、途中から堂々とした様子で告白の歌を歌い始め、ヴィオレッタが驚いたり、つきはなしたりしながら、最後は2人寄り添って、きれいな、すでに愛の二重奏といってもいいような調子で締めていく。この2人の若々しい歌唱と、初々しい演技が、非常によかった。これを後ろの席でながめていて、こういった場面は、延々と時代を超えて、国を超えて繰り返されてきたもので、また、今も、これからも、繰り返されるであろうものであると感じたのだが、これは、ニーチェの言葉でいえば、「永劫回帰」ではあるまいか。そんな思いが重なり、彼らの劇と歌が、非常にいとおしく、あるいは、かけがえなく、感じられた。この男性と女性の引き合いと、その時のいろんな態度、これから、いろんな物語や悲劇、喜劇が、つむぎだされる。自らも含めて、そういった物語、場面の中に、巻き込まれている。そんな気づきにひたりながら、音楽を聴いていた。自分の中で悶々としているものが、こういう音楽、オペラの場の中で客観化され、新たに、遠くから、ちょっといとおしく思われてくる。そういうことで、オペラの以外な効用を感じることができた、今回の音楽探訪であった。最後は、平野教授へのカーテンコール拍手で幕となった。


 参考までに、出演者の名前を挙げておきます。

 ソプラノ 藤井冴
 テノール 澤原行正
 バリトン 竹内利樹
 伴奏ピアノ 實川飛鳥